2016年1月13日聖書研究

ヨハネの手紙一4章1~12節

 「どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい」(4:1)。聖書では、「霊」は人間を超えた力のことを指しています。しかし、その霊の中には「神から出た霊」とそうではない霊があります。「確かめなさい」と書かれていますが、どのようにして確かめるのでしょうか。それは「イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊」は、神から出た霊だと言われます。手紙が書かれた教会には、イエス・キリストが肉体をもって地上を歩まれたことを認めない人々がいました。その人たちは、神の子は人間のように痛んだり、悲しんだりしないと考えていたのです。
しかし、聖書が語る驚くべきメッセージは、神の子ご自身が私たちと同じこの肉体をとられたということです。それはまた、私たちが肉体をもち、病気になったり、さまざまな試みにあったり、高齢になって弱さを覚える、そのような一人ひとりであって、まぎれもなく神の子であることを示されたのです。
「愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです」(4:7)。ヨハネ文書には「神の愛」が繰り返し語られています。それがヨハネ福音書、そしてヨハネの手紙の特色のひとつでもあります。ここでは、愛の起源が記されています。愛は神から出たものである、と。愛が神によるものである、それが私たちの信仰の基本的な理解です。もちろん、ここで言われていることは、何か普遍的な真理というようなことではありません。信仰者の共同体は自分たち自身に何かのいさおしがあるというわけではないにも関わらず、神の愛が知らされています。教会は何より神の愛が受け取られ、また受け入れられる真の活動の場なのです。
中村明子 「真珠は貝の生身の傷やクリスマス」
神を見た者はいません。しかしながら、私たちが愛に共に生きようとするとき、そこに神を知る者が生きているのです。